『西サハラの奪われたタコ』

 今年の1月31日付でJETROのサイトに「2024年の日本のアフリカ輸出入」の記事が載っている。  輸出は南アフリカが1位で、タンザニアは5位。それぞれ自動車(タンザニアへは特に中古車)の輸出が多いそうだ。輸入での首位も南アフリカ(白金族の金属など)だが、輸出ではベスト10に入っていなかったモロッコが4位につけている。(ちなみにタン…

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タンザニアのHIV感染者も米国の対外援助資金停止により危機的状況に

 HIV感染者のことをスワヒリ語では「watu wanaoishi na VVU」( =HIVと共に生きる人々)(英語でもpeople living with HIVですね)と言う。この言葉には「感染者」で括られるよりももっと前向きな響きがあると感じていた。    しかし、トランプ大統領が1月20日の就任早々、『すべての対外援助を停…

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ティンガティンガ派の絵描きさん、ムゼー ムクラの思い出と

 当ブログにも何度か登場してもらった(特に初期)こともあるもう15年を越す付き合いになったティンガティンガ派画家のズベリ(Zuberi Daimu)が(株)バラカさんが開催している「ティンガティンガ原画展」の招きで来日し、日本各地を巡りながらライブペィンティングを披露している。  (今後の予定などはこちらから→https://afri…

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パレスチナの旗の舞うカフェ-Mellemfolk in オーフス、デンマーク

 昨日のアルジャジーラの報道によると、イスラエル軍に包囲され続けていると言うガザ北部は、病院や学校、果たしては避難所などまでも破壊され、瓦礫だらけの「幽霊地帯」になり、多くの人が殺され、また行方不明となっているという。でもそんな中でも生き延びた人々はそこを離れることを拒否しているというが、イスラエルの国家安全保障大臣やイスラエル人入植者…

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アブサロンー同じ釜の飯を知ってる人も知らない人も大勢でいただくin コペンハーゲン

 デンマークに留学中の娘に会いに行く前に「デンマークに来たら何がしたい?」と聞かれた。調べていると、元教会だった場所がFolkehust Absalon(人々の家、アブサロン)というコミュニティセンターとなり、そこで毎晩、知ってる人も知らない人も集まった大勢によるCommunal dining(共同ディナー)が開催されていると知り、おも…

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国民の自信[ちと番外編]

 12月3日にはタンザニア、ダルエスサラームにいた。夕方何気なくツイッター(X)を見て「韓国で戒厳令が出た」という文字にびっくりし、その後、断続的であるが、リアルタイムに事態を追っていた。  韓国は真夜中だったにもかかわらず、封鎖された国会前に人々が戒厳令に抗議するために人々が集まってきたのだ。まだ大きくニュースが広まる前だっただろう…

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クリスマスと新年と

 日本では12月25日が過ぎると、クリスマスの飾り付けも見かけなくなってしまうのだけど、40年前くらいにまだ返還前の香港に住んでいたとき、クリスマスが終わってもクリスマスツリーをはじめとするクリスマスのオーナメントが残っていて、チャイニーズニューイヤーになるくらいまではそのままだったことに驚いたことがあった。  今、日本にいるので…

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真っ赤な花のクリスマスツリー in バガモヨ

 クリスマスまではまだ少し間があるけれど、この木の花が咲くと、タンザニアでは、ああ、もうそろそろ今年も終わるんだなあと思う。その鮮やかな赤い花と緑の葉っぱのコントラストから、当地で、クリスマスツリーと呼ばれているのは、鳳凰木だ。  12月に入ったバガモヨは、鳳凰木の花盛りだった。  タンザニア最大の都市、ダ…

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リランガカレンダー2025!今時のシェタニ!?

 早、12月も半ばに差し掛かりつつありますね。タンザニアの多くの地域は小雨季に入っていて、畑の作物にとって恵みの雨だ、よく育っているよという声も聞こえてきています。  そして、リランガカレンダー2025もいい感じでできあがっておりまする。  例年、8月頃にヘンドリック リランガにカレンダー用の絵を描いてと頼んでいます…

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ネモトちゃんと新しい学校カリキュラム

 彫刻家マティアスは彼の末子に今は亡き我が夫の名前(といっても苗字の方だが)をつけてくれた。そのネモトちゃんも小学校2年生の学年末を迎えている。タンザニアの公立学校は新学年の始まりが1月なのだ。  マティアスの家に久しぶりに遊びに行ったら、ネモトちゃんは迎えに出てきてくれたものの、照れてなかなかお喋りしてくれなかった。そんな年頃な…

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