ケニア映画⭐️SUPA MODO⭐️ヒーローになりたい女の子とそれを取り巻く人々の喪失と再生の物語

 日本とタンザニアを行き来する国際線の中でこのケニア映画SUPA MODOに巡りあい、感激して2回も観てしまった。その映画が、今、Netflixでも観られるようになっていることについ先日気づいて3回目の鑑賞をした!
 リンク→https://www.netflix.com/title/81630002
 いつも涙なくしては観られない。でもそれは悲しいだけの涙ではなく、むくむくと起き上がれそうな希望の涙でもある。

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ネットフリックスのページより

 主人公の9歳という設定のジョーが愛らしくてたまらない。映画の始まりは彼女が入院している小児病棟だ。ジョーは医者には余命数ヶ月といわれている。服装はいつもブルー系統でパンツルック。ユニセックスな服がよく似合う。ジョーの夢はヒーローになること。カンフー映画も大好きで、ブルース リーやジャッキー チェンもジョーのヒーローだ。病棟との友だちともヒーロー談義で盛り上がる。

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 助産師をしているお母さんのキャサリンと中学生か高校生と思われる姉ムウィックスがジョーを病院に迎えに来て家に連れ帰る。ムウィックスはジョーは病院で治療を続けながら友だちと過ごした方がいいと言うのだが、母が譲らない。

 ジョーのヒーローになりたいという夢を助けたいとムウィクスや村人たちが動き出すのだが。。。

 村人たちもそれぞれが悩みや苦しさを抱えているはずなのに、なぜそんなにジョーのことに熱心に関われるのかという疑問がわくこともあったけど、村の子どもたちのほとんどを取り上げた助産師というキャサリンの仕事ぶりが見えてくると村人たちとの関係性も見えてくる。説得力がある。

 キャサリンの苦悩やムウィックスのジョーのために何かをしたいもどかしさもひしひしと伝わってくるのだが、それを取り巻く村のコミュニティの人たちがそれらを昇華させようとしてくれる。ジョーの夢を叶えるために。奇跡を呼び起こすのではなく、人々が知恵と力を合わせることによって。

 お涙頂戴の映画(わたしは泣いちゃいますけど)ではなく、笑えるシーンもいくつもあるし、何せ登場人物に魅力的な人々が多く(特に村で映画上映をやってるマイクはお気に入り)、全体のトーンは決して暗くない。ジョーがすこぶる魅力的だし。


映画のトレイラー


 舞台がケニアであることを忘れてしまいそうになる。感情移入してしまう。それは多分わたしが身近な人を急に失うという経験をしていることと関係あるのかもしれない。

 アフリカの映画でアフリカ以外でも観ることのできる映画で、こういったいわゆる普通の家族やコミュニティの人々を丁寧に描く映画は貴重な気がする。文化や言語や宗教の違いを超えて通じるところがいっぱいあると思えてくる。

 とはいえ、言語は、スワヒリ語、英語、シェン、ギクユ語と4つの言語が使われているところなどは多言語社会のアフリカならでは。
 スワヒリ語もケニアらしく(?)英語まじりのものも登場し、ジョーのセリフにも「Bruce Lee amedie(ブルース リーはすでに亡くなっている)」
(死ぬという動詞にスワヒリ語の単語ではなく英語のdieを使っている)というのがあった。

 残念ながら日本語字幕はないのだけど、英語は比較的聞き取りやすい英語だし、英語字幕でそれぞれの言葉の響きを楽しみながら観るのもいいのでは。

 ジョーは自分だけがヒーローになるのではなく、周りの人々をもヒーローにしたのだと、ネタバレかも?しれないけどそう思える映画。今、生きている人々は皆、ジョーのような人々に支えられているのかもしれない。切ない中に希望が見えてくる。

 エンドロールも最後まで観ることをお勧めします!


(タンザニアからNetflixに繋げているのですが、日本でもしこの映画がラインアップに見当たらなかったら、言語設定を英語にしてみたら見つかるかなと思います)

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