仲尾友貴恵さんの『不揃いな身体でアフリカを生きる』

 色とりどりのプラスティックでできた食器たち、不規則に入れられている食べ物や飲み物たちの下には新聞紙にビニールクロス。動かないものたちであるのに息遣いがが感じられる。その周りにいるはずの気取りのない庶民的な人々の息遣いや話し声、生活のようすまでが伝わってくる気がする。
 仲尾友貴恵さんの『不揃いな身体でアフリカを生きる』の表紙写真だ。(カバー下の写真も実はまた素敵なのよ)

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 この表紙写真は著者の仲尾さんがが撮影した「ダルエスサラームで最も活気のあるカリアコー市場」にある「地元民に人気ある食堂の調理場に並ぶ皿」なのだという。

 今年の3月に出版され、早くも増刷が決まったという『不揃いな身体でアフリカを生きる』にはダルエスサラームに生きる「身体的な欠損」をもった人々が登場する。仲尾さんの博士論文を基に大幅に加筆、修正、再構成をおこなったものだそうだ。

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 アフリカ関連のSNSをフォローしているので、この本は出版された時から知っていた。読んでみたいなあと思っていた。ら、なんと著者の仲尾さんご本人から最初は人伝に連絡をいただき、贈っていただいた。仲尾さんがダルエスサラームに最初に滞在していた時(2012年頃?)、夫の根本利通に彼女の研究を気にかけてもらったからだというのだ。最初の仲尾さんの研究テーマはアルビノにまつわる問題だったそうで、それは、タンザニアにとってセンシティブなテーマでもあり、根本は心配したのだろうと思う。そういったことをちゃんと記憶していて連絡をくださった仲尾さん、そして今はなき夫が残した足跡みたいなものを今に繋がるものとして感じさせてくれた仲尾さんに感謝したい。

 学術書であり、「障害者」という概念の生み出された歴史や植民地政策の中でのその概念の変遷などについても詳しく語られる。が、仲尾さん自身がタンザニア最大の都市ダルエスサラームでのスワヒリ語でワレマーヴ(Walemavu)と呼ばれることの多い「(身体)障害者」たちとの出会うまでや出会ってからのいろいろな逡巡までもかなり正直に開けっぴろげに語りかけられているところにとても惹かれる。仲尾さんと一緒に混沌とした大都会で暮らすワレマーヴに、顔の見える一人一人に出会ってゆくような気持ちになってくる。仲尾さんによって引き出された彼らが語る彼らの物語が魅力的で、仲尾さんによる彼らへのリスペクトが感じられるところも、もっと読みたいという原動力となった。文章もとても滑らかなのである。後書きの「乗合バス」の臨場感のある描写もすごい。

 読んでいて、以前、ダルエスサラームのJATAツアーズのオフィスの前にいた手漕ぎ車椅子の男性のことを思い出した。若い日本人女性スタッフと共に彼と笑顔で挨拶する間柄になったことがある。別の場所で見かけたりすると、かなり真剣でちょっと悲痛な面持ちで道ゆく人に彼は”物乞い”してるのだが、わたしたちを見ると急に笑顔になるのだった。

 ダルエスサラームは大都会だが、周りにいる他人に関心がある人が今もとても多いと感じている。煩わしいときもあるけれど、それが居心地の良さや、自己肯定感につながることも多い。わたしが漠然と感じていたそういったことたちが、この本の中で説得力を伴って響いてくる。
 
 「福祉制度が実働しないタンザニア」で、その状況だからこそ”物乞い”は彼らが生きてゆくため、社会と関わってゆくための営みとなるという。分類され、分離される存在ではなく、社会的な存在として生きたいように生きようとすることが許される社会であると。
「物乞い」を「社会的営為」「生活基盤構築のチャンネル」として前向きに捉えるという視点はわたしにはなかったので、目から鱗が落ちた気がした。

 本書の「はしがき」の最後の言葉にはこうある。
「ダルエスサラームのひしめく差異の中でみられる寛容性から、『他の人と同じであること』が当然のように期待されてしまう現代日本社会に住む私たちが学べることは大いにあると考えている」
 仲尾さんが出会った一人一人の物語はわたしたちの物語にも繋がっているのだ。 


 この「はしがき」部分は現在、こちらに公開されています→https://web.sekaishisosha.jp/posts/5561
 これを読むと本編も読みたくなること必須!





<追記というか>
 しかし、とはいえ、一方ではまだタンザニアには、障害をもった人たちや物乞いへの差別や偏見を持っている人たちも多くいるだろうということも感じる。実際、そういう話をタンザニアの人から聞くことがある。

 そして6月27日に公開されたBBC Africa Eye documentary、
FORCED TO BEG: Tanzania's Trafficked Kids
https://www.youtube.com/watch?v=sz8ZyCmV0N8
では、ケニアのナイロビの人身売買業者がタンザニアのムワンザなどの農村の障害児を持つ親を「もっといい生活をさせる」「5ヶ月だけ連れてゆき、お金は後ほど支払う」などと騙してその子どもを連れ去り、ナイロビで毎日物乞いさせ、それを100%収奪している衝撃の様子を潜入捜査を使って暴き出していた。他にもタンザニアからそのように連れ出された(誘拐された)障害を持つ子どもたちは大勢いるという。番組の中で登場した最年少は9歳の男の子だった。
 連れ出した(誘拐した)後は親に連絡を取ることもしない。彼らはもう家族の元には戻れなくされてしまうのだ。潜入操作で罪状が明らかになった人身売買業者は警察に捕まるのだが、御用になった男性二人は自身が足を引きずる障害者でもあったのだ。
 犠牲者のひとりである14歳のファラは救い出され、ナイロビのケア施設でしばらく過ごす。番組スタッフはタンザニアにいるファラの親を探し出し、ナイロビにいる彼と村の母親とをネットで繋いだ。が、久しぶり(10年ぶり?)に画面越しに対面した母は淡々としていて、「今、あんたが戻ってきても暮らせる環境じゃないから戻ってくるな」というようなことを言い放つのだった。

 ブルーハーツのトレイントレインという歌のの歌詞を思い出す。
「弱い者たちが夕暮れ、さらに弱いものを叩く」
悪徳業者がワレマーヴというのも衝撃だった。その中の一人には(「健常者」と思われる)妻や子どもたちがいた。

『不揃いな身体でアフリカを生きる』の中に登場するワレマーヴの何人かは自発的に「脱家族」してきた人たちがいた。日本でも障害を持つ人たちの「脱家族」は重要なタームとなっている(ということも本書の中で描かれている)。ファラたちはその「脱家族」が精神的、物理的に可能になる年齢の前に連れ去られてしまったのだ。今後の彼らが心配になる。(何もできないのだけど)

 人身売買は決して許されることではない。衝撃的だが勇気あるドキュメンタリーだと思う。しかし、これを見た人は「物乞い」に対するマイナスイメージを持ち続けることになりそうだという残念な思いも一方にある。


 

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