500年生きてるバオバブと『アフリカ文学叢書』のリーフレット

 大きな木、たとえばバオバブの中にはシェタニ(精霊)がいるという。樹齢500年の木の中にいるシェタニってどんなシェタニなのだろう。

 88歳になる父は、グラフィックデザインを生業にしていた。「先日、現役の頃の自分の『作品たち』を整理していたら、出て来たんだよ」と、わたしに見せてくれたのが、下記のリーフレットだ。

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 父のこの仕事、娘(わたし)がアフリカに関係すると、家族も引き寄せられるのだろうか。

 この大きなバオバブの写真は父が撮ったもの。父はわたしがタンザニアに住んでいた約30年の間に3回訪ねて来た。この写真を撮ったのは1993年の渡航の時だ。このリーフレット用に撮ったものではないという。たまたま撮っていた写真がぴったりだったのだと。バオバブに棲むシェタニが引き合わせたのかもしれない。
 写真の緑のシャツを着たチビさんは当時3歳の我が息子。オレンジのシャツの女性はわたしではなく、旅行に来ていた友人、一緒にバガモヨ散策をしていた子どもたちも写ってる。

 このバオバブはダルエスサラームの北方70kmほどのところにあるバガモヨのカオレ遺跡内にある樹齢500年とも伝えられている木だ。
 バガモヨは13世紀頃からインド洋交易の港町となっていたそうだ。カオレには、13世紀から15世紀にかけて存在した小さな都市国家の跡がある。モスクや貴族の家の跡、中国製陶磁器をはめ込んだ墓柱などが残されている。当ブログでも取り上げたことがある。(「カオレ遺跡の不思議☆『人々の交流と民族音楽』AT2019」) 

 ほんとうに樹齢500年もあるのだとしたら、1500年代初期から存在していたことになる。カオレの都市が衰退していった頃だろうか。どんな歴史を眺めて来たのだろう。

 そしてこの『アフリカ文学叢書』(全11巻、別巻1)は、南アフリカで同国史上初の全人種参加による総選挙が実施され、ネルソン マンデラが大統領に就任した1994年に最初の巻が刊行された(出版社はスリーエーネットワーク)。完結したのは1999年とのこと。南アフリカ、ジンバブエ、ボツワナなど南部アフリカの作家の作品たちが集まっている。アパルトヘイトの廃絶も大きな後押しだったのだろうけれども、およそ30年前に南部アフリカ中心とはいえ、これだけゴリっとアフリカの文学を揃えて出版したのはすごいなあ、気概があるなあと思う。(今は新品では買えないようだけど、古書なら手に入るようだ)

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ちょっと染みがついてしまってる


 この中でわたしが持っている本もある。南アフリカ生まれでボツワナに亡命したベッシー ヘッドの短編集『優しさと力の物語』(くぼたのぞみ訳)だ。彼女は南アフリカの解放を待たずに1986年に48歳の若さで他界してしまったそうだ。一番最初の「さあ、話をはじめましょうか…」に下記の文章があった。

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「(前略)ただ人は人として書きたい。白人だとか、黒人だとか、そんな書き方はしない。わたしにもう少し作家としての力量があれば、白人、黒人と書いても、生き生きと描き出すことができるはずなんだけど。リアルに書けるはずなんだけど。肌の色ではなくて、人間的な魅力で読者を引きつけるような人物が書けるといいのにとつくづく思う」 (”人と人”、”生き生きと”の上に強調の`が本では付けられていた。技術的に再現できず。。)

 彼女の力量のことではなく、その言葉に含まれている深い意味にずしんとくる。彼女の”お話”に出てくる人物たちは、その人となりがじんわりと染みてくるように描かれ、読んでいて切なくなるほどだ。人々を取り巻く自然や四季(ボツワナや南アフリカには冬があるのだと)の広がりのある色鮮やかな描写。そして(当時の過酷な南部アフリカの状況の中での、またはその中であっても)人間の悲哀や愛情がじんわりと、でも力強く伝わってくる。そして人間の尊厳とは何かということも。

 バオバブはアフリカ全土で植生しているわけではないそうだ。バオバブベルト(分布域)を見ると、タンザニアから南部アフリカに繋がるように分布している。だから、それぞれの木にいる精霊たちが人間たちのすることを見て囁きあっていたかもしれない。
 父はそのことに気づいていたのだろうか。バガモヨの大木からは、どこまで見渡せるのだろうか。

 学ぶことはまだまだたくさんある。アフリカの大地から広がる文学や言葉からも。

                                                              (敬称略)

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