タンザニアの子どもには反抗期がない!?

 今回のタンザニア滞在で息子のタンザニア人の幼馴染Yくんの家を訪ねたときのこと。Yくんのお母さんのAさんとも長年のつきあいなので「いつでもおいで」と言われてた。が、今回の渡航前、久しぶりに一年以上続けて日本に滞在していたわたしは、日本人的感覚(?)が蘇ってきてたのか(昼食に誘われているわけでもないし、やはりお昼ご飯の時間帯は外した方がいいよね)と思い、午後2時過ぎにお邪魔した。

 仕事がお休みとかでYくん(もうすぐ30歳)も家にいて、ママYくんであるAさんと一緒にしばらくおしゃべりしていたら、Aさんが「ああ、なんだか、ピラウをご馳走したくなっちゃった。これから作るから食べて行ってよ」と言うのである。時計を見るとまだ3時ちょっとすぎ。この家での食事時間はどうなっているのだろうと思ったが、手作りピラウ、もちろんいただきたい。わたしはお昼は食べてきていたが、腹八分目にしていたので、ほんとうによかった〜(もしかして心のどこかで期待していたのか?)と思ったのであった。

 シナモン、カルダモン、黒胡椒などの香辛料を煎って細かくしたり、玉ねぎを飴色に近くなるまで炒めるなど、ピラウ作りには結構時間がかかる。ピラウにぴったりのトマト入りサラダ、カチュンバリも作るというし。
 台所はわたしたちのいた居間からすぐの場所にあり、開けっ広げなので、調理しているAさんの姿がよく見える。「お手伝いするよ」と言ったけど「大丈夫よ〜」と明るく断られてしまった。

 しかしAさんはYくんをときどき呼び、YくんはAさんの鍋をもったり、材料を運んだりと甲斐甲斐しく動いている。煮えている鍋の中を覗き込んで、お母さんに笑いかけたりもしている。すごい仲良しな雰囲気が伝わってくるのだった。

 香辛料の香り高いピラウができ上がったのが午後5時近く。カチュンバリだけでなく、ムチチャ(タンザニアのポピュラーな青菜)の炒め煮までつけてくれた!シナモン、カルダモン、黒胡椒、ガーリックなどのハーモニーがなんとも言えないできたてのビーフピラウは沁みるような味わい深さで、レモンの風味がさっぱりとしてトマトの甘さとちょっとピリピリのきいたカチュンバリとの相性もぴったり。それにムチチャ!青菜の主張がやさしく残るやわらかい味わい。タンザニアの美味しい普段ご飯の懐かしさを醸し出していてしみじみしてしまった。Aさんの腕前の素晴らしさを再確認。彼女の気まぐれに大感謝。(いやあれは演技だったのかも?)

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左からムチチャの炒め煮、カチュンバリ、ピラウ♡

 しかし今日の本題はピラウの美味しさではなく、”子どもの反抗期”である。YくんとAさんの仲の良い姿を見ていて改めて「タンザニアの子どもには反抗期がないのではないか」と思えてきた。もちろん、全てがそうではないだろうけど、わたしにもタンザニア生まれタンザニア育ちの子どもが二人いるけれども、反抗期らしい反抗期はなかった。なぜだろう。

 Yくんのお母さんAさんや、何人かの息子のタンザニア人の友人の親などにも「お子さんに反抗期(kipindi cha uasi wa watoto wako:と言ってみましたが)はありましたか?」と聞いてみたら、皆、ちょっと考えてから「そうだなあ、思い当たることはなかったなあ」と言う答えを返してくるのだった。

 「なぜでしょう?」とさらに問うと、父親たちは苦笑いしながら「父親が怖いからかな」と答えることが多かった。父親の威厳ありと言いたいのか?その割には大人になった子ども達とかなり仲良しな雰囲気の父子が多かったけどな。

 わたしの見立ては、こうだ。子育てが親だけの仕事ではなく、タンザニアの拡大大家族やコミュニティ全体ですることとなっているからではないだろうかと。タンザニアだけでははく、アフリカの多くの社会でまだそういう機能が保てているのかもしれない。
 ガーナ人の夫の実家で子どもと暮らしていたというアマドゥ里和子さんのインタビュー記事に出会ってうんうんと大きくうなずいてしまった。

 以下。アマドゥさんの『「イスラム」視点で、 外国ルーツの子をサポート』より引用

『ガーナでは、孤独感を抱くことはないですね。というか、孤独にしてもらえない。日本に帰国してから息子は、「ガーナ、面倒臭い」と言いながらも、恋しがる。常に誰かいるからです。大家族だし、親戚もみんな近くに住んで、そこらへん、うろうろ歩いている。暇なおじさん、おばさんがいっぱいいるし、子どもたちが道にあふれている。日本から来た息子を見つけるなり、みんなが彼の名前を呼び「寄っていきなよ」と声を掛けてくれる。昔の日本みたいなコミュニティが残っていますね。だから、学校から帰宅しても寂しくない。

私に怒られふてくされ、「今日は帰ってこない!」と息子はおばさんの家に行く。「泊まらせて」と転がり込むと、おばさんも「ああ、いいよ」と。1週間ほど面倒を見てもらうと、飽きるか、または寂しくなるのか、「ママ、元気?」と帰ってくる。』

 タンザニアの我が家も子どもが小さな頃は、夫の友人のタンザニア人の専門学校生の妹や中学生の弟を預かっていて寝食を共にしていた。彼らだけでなく、シングルマザーの赤ちゃん連れの住み込みお手伝いさんもいたし、ご近所さんや友人知人たちとの交流も多かった。

 我が家の子どもたちも多くの人たち、多くのタンザニア人たちに育ててもらったのだなあと改めて思った。感謝。



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一方、日本でも下記のような記事が。。 
『男の子4割に反抗期ナシ「今どき親子」の実態』(東洋経済)

また、反抗期のあることは悪いことじゃないという意見もあり。考えてみる必要ありですね。

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