わたしの『やめて』とWITO

 いろいろな意見があるとは思うけど、戦争を是とする人はいないだろうと思いたい。

 でも、地球上はいたるところで戦争や紛争をやっていて、今も多くの人びとが血を流している。兵士でない人たちも大勢。そしてわたしには、今回の安保法案で、日本もその紛争や戦争に武器を持って参加するだろうという危惧がある。憲法九条は、世界平和に積極的には貢献できてこなかったし、イラク戦争に加担する日本を止めることはできなかった。でも、ここは踏み留まるべきだ。少なくとも武器を持って戦争に参加してこなかったということは胸を張れる。戦争をしない国というブランドを捨て、自らカオスの中に飛び込んで、自分自身だけでなく、世界をますます不安定にするなんて何のため?違憲という意見が圧倒的な集団的自衛権を通すのは、ブルンジの大統領の憲法無視した3選と一緒だよと言うとタンザニアの人もそうなのかとうなづく人が多い。

「自由と平和のための京都大学有志の会」がこの7月に出した声明書がある。

戦争は、防衛を名目に始まる。
戦争は、兵器産業に富をもたらす。
戦争は、すぐに制御が効かなくなる。

戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。
戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。
戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。

続きは→こちら

この声明書がいろいろな言語に訳されている。
こども訳というのもあり、「わたしの『やめて』」と題名がつけられている。

くにと くにの けんかを せんそうと いいます

せんそうは 「ぼくが ころされないように さきに ころすんだ」
という だれかの いいわけで はじまります
せんそうは ひとごろしの どうぐを うる おみせを もうけさせます
せんそうは はじまると だれにも とめられません

せんそうは はじめるのは かんたんだけど おわるのは むずかしい
せんそうは へいたいさんも おとしよりも こどもも くるしめます
せんそうは てや あしを ちぎり こころも ひきさきます

わたしの こころは わたしのもの
だれかに あやつられたくない
わたしの いのちは わたしのもの
だれかの どうぐに なりたくない

うみが ひろいのは ひとをころす きちを つくるためじゃない
そらが たかいのは ひとをころす ひこうきが とぶためじゃない

げんこつで ひとを きずつけて えらそうに いばっているよりも
こころを はたらかせて きずつけられた ひとを はげましたい

がっこうで まなぶのは ひとごろしの どうぐを つくるためじゃない
がっこうで まなぶのは おかねもうけの ためじゃない
がっこうで まなぶのは だれかの いいなりに なるためじゃない

じぶんや みんなの いのちを だいじにして
いつも すきなことを かんがえたり おはなししたり したい
でも せんそうは それを じゃまするんだ

だから
せんそうを はじめようとする ひとたちに
わたしは おおきなこえで 「やめて」 というんだ


 やさしくわかりやすいけれども言葉の意味はとても深く、心にしみてゆくようだ。こどもたちへのリスペクトが感じられるし、名文だと思う。
だけど、こどもたちが大人たちに向かってこういうことを叫ばないですむ世の中であってほしいと、心の深いところからおもうのだった。こどもはおとなのどうぐじゃない。

 このこども訳を作ったのが、2011年に 利光徹さん(全国青い芝の会の元書記長の脳性マヒ者)と一緒にタンザニアツアーに来た、利光さんとも長ーいつきあいの山岡信幸さんなのだそうだ。予備校の先生をしていて、ツアーの仲間たちからも信頼され、キャプテンと呼ばれていた山岡さんは、3人の子どもたちのお父さんでもある。子どもたちを思い浮かべながら訳したそうだ。

 その山岡さんが「スワヒリ語訳もあるよ」と教えてくれた。翻訳者は誰だろう?

WITO

Vita vinaanza katika mwamvuli wa kujilinda.
Vita vinazinufaisha sekta za kutengeneza silaha.
Vita mara vinapoanza havidhibitiki kirahisi.

Vita ni rahisi kuanza kuliko kuvimaliza.
Vita si vinawaletea balaa askari-vita tu bali wazee na watoto pia.
Vita si vinawadhuru binadamu mikono na miguu yao tu bali madhara yake yanapenya ndani ya mioyo yao pia tena na zaidi.

Utu wa mtu si kitu cha kudhibitiwa na wengine.
Utashi ni wake mwenyewe si wa mwingine.

Bahari isielemewe na ngome za kijeshi.
Mbingu isinajisiwe na ngurumo za ndege za kijeshi.

Tunataka kuishi katika nchi ya kipekee inayosifu kuzalisha hekima kuliko nchi ya kawaida tu inayoona kujitolea kupigana na wengine ni michango.

Utaalamu si silaha ya vita.
Utaalamu si nyenzo ya biashara.
Utaalamu si mtumwa wa mwenye nguvu.

Ili kulinda na kujenga pahala pa kuishi na uhuru wa kufikiri,
sisi, kwa dhati yetu, lazima tuipinge vikali nguvu yenye kiburi.

 オフィスでタンザニア人スタッフたちにも見せたよ。アレックスは「とてもいい文章だね。戦争はほんとうによくないものだけど、これからは経済(通商)の世の中だから、戦争はだんだんとなくなっていくはずだよ」と言っていた。タンザニアにいるとそう思えるのかな。わたしも昨年の集団的自衛権の閣議決定まではそう期待してたんだけど。。。

 人間の英知は戦争を乗り越えられないのか、止められないのか。まだ期待を捨てたくはない。


☆「わたしの『やめて』」が絵本になりました!
画像

http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=17357
手にとってみたいです。

この記事へのコメント

k
2015年08月04日 04:10
全く同感です!
asami
2015年08月05日 14:26
Kさん

コメント、どうもありがとうございます。日本の状況を見てると、防衛大臣がミサイルや手榴弾は武器に当たらずと国会で発言したりして、これはバラエティ番組かと思えるようなビックリ状況ですね。このコメディ状況をはっきりとおかしいと言わないと!と思います。まるで裸の王様の話のようですね。
ゆき
2015年09月16日 23:22
これって、最近絵本になったものと一緒ですよね?タンザニアともご縁があった方が作られた文章なんて、すごく嬉しい♪スワヒリ語があるのも嬉しいです♪♪
それにしても、こんなあたりまえのこと、わざわざ言わなくても、子どもでも大人でもわかっているはずと思うのですが、現実では戦争オッケーという人がいるということに愕然とさせられます。でも負けられません!
asami
2015年09月18日 21:49
ゆきさん

そうです~!ゆきさんのコメントがあったので、そうだ!と思って絵本の紹介も入れました。ありがとう!
違憲ということがいちばん大きな問題だと思う。法案が通っても諦めていけないね。できることをするのだ。

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