ダルエスサラームの3日続いた、たいへんな豪雨☆Dar si Salama
蒸し暑い晴れ日が続いて「もう小雨季は終わったのかな」と思ってた。ところが、一昨日20日の夜明け前(新聞報道によると午前3時ころ)から雷ゴロゴロ鳴り始め、屋根をビシバシ叩く大雨が降り始めたのだった。
街に行く用事があったのだけど、どうしても行かなければならないわけではないし、こういう日は渋滞がひどいに決まっている。夫はいつもより早くオフィスに向かったけれど、わたしは外出をやめた。ら、なんとこの豪雨は本日午前中まで3日間も続き、ダルエスサラームは大混乱に陥ったのであった。
タンザニアの気象庁(Tanzania Metrological Agency)によると、雨量は20日には60mm、21日には156.4mm。21日の降雨量は1954年(独立前!)以来の記録的な豪雨とのことである。
20日にすでにダルエスサラームの低地のタバタやキゴゴなどでは家が水没し、屋根の上に取り残された人々を助けるためにヘリコプターも飛んだ。この日、洪水と雷で少なくとも4名が亡くなったという。
21日も未明から雷雨となり、ジャタツアーズの運転手のうち、キマラに住むDさんは家に浸水したとのことで、仕事を休んだ。昨日、出勤時に大水の中を歩いていて穴が開いていても見えなかったので、はまってしまい、足を捻挫したという運転手のAさんは、やはり仕事を休んだ。
我が家(ミコチェニ地区)のすぐ近くに住む庭師のHさんは、仕事に来たけど、「雨漏りがひどく、床からも水が湧き、ベッドを移動しないといけないし、カーペットと椅子がだめになり、一睡もできなかった」と肩を落としていた。「大家に雨漏りを直せと言っても、『自分で直してよ。来年の家賃から差し引くからさ』という返事なんだ…」と困り顔。
運転手でやはり休んでいたタバタに住むBさんは、夕方
「下水溝があふれて近所の家は浸水したんだけど、頑張って土嚢を作ったら、自分の家までは水が来なかったので、明日は仕事に行けるよ」
と電話して来た。
マゴメニに住む知人のWさんは、家にあごの辺りまで水が入ってきたので、慌てて逃げたという。ともあれ、命あってほんと、よかったね。彼女の借家には行ったことはないけど、かなりの窪地にあるそうだ。大雨の時には危ないと思っても、家賃の安さにつられて住んでしまったという。とりあえず、ひとりだし、お姉さんのところに身を寄せるそうだけど…。行き場のない人たちはどうするんだろう。
橋もいくつか落ちたり、冠水したりして、大渋滞だったそうだ。夫は朝6時ころ出て、夜は渋滞がなくなるのを待って9時過ぎに帰ってきたので、巻き込まれなかったという。自分の車を持っている人はいいけど、道路状況の悪さと渋滞で、運行をやめたダラダラ(バス)も多かったそうだから、通勤はほんと、たいへんだったろう。
本日22日には、エクスターナル付近に住む運転手のMさんは、バスが捉まらないので、大雨の中、4時間くらいかかって歩いてオフィスにたどり着いたそうだ。
22日付『THE CITIZEN』紙では、亡くなった人は12人になったとあった。でも、もっと多いのではないか…。
電気修理工のNさんの知人の子どもがこの雨による洪水で亡くなったときいた。
大雨の中を車の修理の仕事に我が家に来ていた運転手のSさんが
「今日は午後にお葬式があるから、昼ころ、早退したいんだ」
と言う。自分の家にもよく遊びに来ていた近所の14歳の男の子が亡くなったのだと。一昨日の豪雨で倒れた木の下敷きになり、病院に運んだのだけど、間に合わなかったそうだ。涙がでそうだ。
午後には雨がやみ、晴れ間がやっと見えてきた。
※追記 12/23
ダルエスサラーム市の発表によると今回の豪雨、洪水で亡くなった方は23人。でも、『MWANANCHI』紙の調べによると30人はいるという。行方不明の方や、はっきりと因果関係を報告していないケースなどもあるだろうから、もっと多くなると思われる。
『THE CITIZEN』紙によると家を失った人は4,900人以上。その人々の多くは、避難所となった市内の小学校などで寝泊りしているという。
昨日、水害のあった地域をまわった大統領は、被害の起きた低地に住んでいる人々は「Hameni」=「引っ越しなさい」、そうしなければいけない、そのためのサポートを政府はする、と述べたそうだ。
実現しますよう。
街に行く用事があったのだけど、どうしても行かなければならないわけではないし、こういう日は渋滞がひどいに決まっている。夫はいつもより早くオフィスに向かったけれど、わたしは外出をやめた。ら、なんとこの豪雨は本日午前中まで3日間も続き、ダルエスサラームは大混乱に陥ったのであった。
タンザニアの気象庁(Tanzania Metrological Agency)によると、雨量は20日には60mm、21日には156.4mm。21日の降雨量は1954年(独立前!)以来の記録的な豪雨とのことである。
20日にすでにダルエスサラームの低地のタバタやキゴゴなどでは家が水没し、屋根の上に取り残された人々を助けるためにヘリコプターも飛んだ。この日、洪水と雷で少なくとも4名が亡くなったという。
21日も未明から雷雨となり、ジャタツアーズの運転手のうち、キマラに住むDさんは家に浸水したとのことで、仕事を休んだ。昨日、出勤時に大水の中を歩いていて穴が開いていても見えなかったので、はまってしまい、足を捻挫したという運転手のAさんは、やはり仕事を休んだ。
我が家(ミコチェニ地区)のすぐ近くに住む庭師のHさんは、仕事に来たけど、「雨漏りがひどく、床からも水が湧き、ベッドを移動しないといけないし、カーペットと椅子がだめになり、一睡もできなかった」と肩を落としていた。「大家に雨漏りを直せと言っても、『自分で直してよ。来年の家賃から差し引くからさ』という返事なんだ…」と困り顔。
運転手でやはり休んでいたタバタに住むBさんは、夕方
「下水溝があふれて近所の家は浸水したんだけど、頑張って土嚢を作ったら、自分の家までは水が来なかったので、明日は仕事に行けるよ」
と電話して来た。
マゴメニに住む知人のWさんは、家にあごの辺りまで水が入ってきたので、慌てて逃げたという。ともあれ、命あってほんと、よかったね。彼女の借家には行ったことはないけど、かなりの窪地にあるそうだ。大雨の時には危ないと思っても、家賃の安さにつられて住んでしまったという。とりあえず、ひとりだし、お姉さんのところに身を寄せるそうだけど…。行き場のない人たちはどうするんだろう。
橋もいくつか落ちたり、冠水したりして、大渋滞だったそうだ。夫は朝6時ころ出て、夜は渋滞がなくなるのを待って9時過ぎに帰ってきたので、巻き込まれなかったという。自分の車を持っている人はいいけど、道路状況の悪さと渋滞で、運行をやめたダラダラ(バス)も多かったそうだから、通勤はほんと、たいへんだったろう。
本日22日には、エクスターナル付近に住む運転手のMさんは、バスが捉まらないので、大雨の中、4時間くらいかかって歩いてオフィスにたどり着いたそうだ。
22日付『THE CITIZEN』紙では、亡くなった人は12人になったとあった。でも、もっと多いのではないか…。
電気修理工のNさんの知人の子どもがこの雨による洪水で亡くなったときいた。
大雨の中を車の修理の仕事に我が家に来ていた運転手のSさんが
「今日は午後にお葬式があるから、昼ころ、早退したいんだ」
と言う。自分の家にもよく遊びに来ていた近所の14歳の男の子が亡くなったのだと。一昨日の豪雨で倒れた木の下敷きになり、病院に運んだのだけど、間に合わなかったそうだ。涙がでそうだ。
午後には雨がやみ、晴れ間がやっと見えてきた。
※追記 12/23
ダルエスサラーム市の発表によると今回の豪雨、洪水で亡くなった方は23人。でも、『MWANANCHI』紙の調べによると30人はいるという。行方不明の方や、はっきりと因果関係を報告していないケースなどもあるだろうから、もっと多くなると思われる。
『THE CITIZEN』紙によると家を失った人は4,900人以上。その人々の多くは、避難所となった市内の小学校などで寝泊りしているという。
昨日、水害のあった地域をまわった大統領は、被害の起きた低地に住んでいる人々は「Hameni」=「引っ越しなさい」、そうしなければいけない、そのためのサポートを政府はする、と述べたそうだ。
実現しますよう。



この記事へのコメント
インターンシップではお世話になりました。
洪水のニュース、とても驚きました。
まだしばらく大変かと思いますが、
皆さんのご無事をお祈りします。
ダルの知り合いと連絡が取れなくて何かあったのかと思ってましたが、洪水とは。。
ダルに居た頃、ポスタ前の道路が水没しててザブザブと水を掻き分けながら歩いた事を思い出しましたが、亡くなられた方も居られるということは相当だったと想像します。
被害に遭われた方々の生活が早く元に戻りますように。
そして、asamiさん他ご家族の方もくれぐれもお気をつけて下さい。
タイやフィリピンでも洪水の被害が深刻化していますが、タイでは森林伐採による土壌の保水力の低下が洪水の要因と考えられているようです。
破壊された自然が人間に報復している、ということでしょうか。
2011年も終わりの方になって、フェリーの事故や今回の洪水と、タンザニアにとってはニュースの国際面を騒がせる年になってしまいました。
2012年はうれしいニュースが増えるよう願っています。
お久しぶりです。コメント、アサンテサーナ。
水が引いてきて、水害にあったところでも、戻り始める人も出ているとか…。50年に一度だから大丈夫だと思っているのかな。日本と違って放射能の心配はないですけどね。
でも、まだまだ大変そうです。
ご心配、ありがとうございます。
その後、お知り合いとは、連絡が取れましたか。ご無事でありますよう。
本日の新聞(MWANANCHI)によると今回の災害で亡くなられた方は41人になったそうです。フクイチの事故と一緒で人間が未然に防げた部分もあったはずだと思うのですが。
週末から寝込んでいたとは…。もう大丈夫なのですか。Poleです。
ご心配、ありがとうございます。
そちらはそれほどすごい雨ではないのですね。
ダルエスも今日は一昨日までの天候が嘘のような晴天となっています。
初めのほうに、エジプト革命があり、よい意味での変化を期待した年だったのですが…。その後はため息がたくさんでる展開となってしまいました。Umeme umekatikaさんのおっしゃるように、自然災害を人間がもっと恐ろしいものに仕立て上げてしまっているようですね。自然災害ではないですが、ザンジバルの貨客船事故だって、もっと関係者がmakiniだったら、かなりの確率で防げたはずの事故だったのに。
非力でも、あきらめずに前を向いていくこと、なんでしょうね。きっと。