アグネス・ムパタ☆ティンガティンガ派の女性画家の先駆者

 ダルエスサラームのモロゴロストア奥の建物を拠点とするTACS(ティンガティンガ絵画協同組合)には現在8名の女性画家が所属している。(組合員=画家は全部で50名ほどだそうだ)その先駆者となったのが、才媛アグネス・ムパタ(Agnes Mpata)だ。

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アグネス・ムパタ。素敵なシェタニの絵を持っているんだけど、故あってお見せできず…残念。


 彼女は、ティンガティンガ派絵画創始者エドワード・ティンガティンガの妹のセシリア・ムパタの子ども。セカンドネームがティンガティンガではないのは、父親が違うから。
 エドワード・ティンガティンガの末弟で、最初の5人の弟子の一人サイモン・ムパタがナイロビ(ケニア)に移り住んだ後、その家で長いこと(15年間ほど)暮らしていた。サイモン・ムパタはアグネスの叔父さんということになる。

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アグネスの作品


 サイモン・ムパタはティンガティンガよりも先に日本で名前が出たティンガティンガ派の画家なのではないか。最初の弟子たちの中で一番エドワード・ティンガティンガの作風に近かったのが、彼だという。
 彼の名前を冠したムパタ・サファリ・クラブというロッジがケニアのマサイ・マラ国立保護区にある。ムパタの絵に感銘をうけた日本人たちを中心にした有志が作ったものだと聞いた。
 石田ひかりが主演した、だいぶ前のドラマでは、大きなムパタの絵が壁にあるバーがよく舞台となっていたという記憶がある。バーの名前も確かムパタだった。(たしか1992年。そのころ日本にわたしは、もういなかったはずなのに…なぜ?)
 サイモン・ムパタは、1984年に42歳で亡くなったそうだ。

 アグネスは、エドワード・ティンガティンガが亡くなったとき(1972年)には、まだ小さな子どもだった。ナイロビのサイモン叔父さんのもとで、中学校に通い、会社勤めも経験したという。英語が流暢に話せたので、叔父さんの絵を売る手伝いもしたそうだ。 

 1994年にタンザニアに戻った彼女は英語力とナイロビで培った販売手腕を活かしてTACSの営業ウーマンになった。絵を描くようにも勧められたので、TACSに所属する女性初の画家ともなった。
 それ以来、後進の女性画家たちの牽引役となり、国際的な展覧会やワークショップ(スイス、中国、南ア、ケニア、オーストリアなど)にもTACS所属の画家として、スポークスウーマンとして参加してきたそうだ。

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スイスにて

 
 ティンガティンガ村の工房の中ではムゼー・アモンデの前の席で、木製のカラフルなアクセサリー作りをしていることが多いけど、絵の腕前もなかなかのものだ。動物画はもちろん、シェタニ(精霊)を描かせてもおもしろい。叔父さんが得意だったという?亀の絵も味がある。

 彼女のような画家に出会うと、「お金がもっとあったらなあ」と思う。たくさんありそうな彼女の引き出しを開けてみたい。様々な趣向の絵を見てみたい。じっと自分の手を見てもなにも出てこないんだけど。


(だいたいにおいて敬称略)

この記事へのコメント

aya
2010年10月07日 04:44
女性のティンガティンガ画家も活躍してるんですね~
それにしても、子どもの頃からやってたわけじゃなく、営業から画家に、ってすごいですよね。
うーーん、いいなあ。近くでじっくり見てみたーい!
南アのおみやげ屋さんでもタンザニア人たちが売ってるんだけど、やっぱり買うならタンザニアで買いたいです!
asami
2010年10月07日 21:56
ayaさん、こんにちは!アグネスの場合は、環境もありますものね。幼い頃から叔父さんの制作風景をみてきたでしょうから。タンザニアに来たらぜひっ!!

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