来年のリランガカレンダーのご紹介です!今年はアフリカンブラックウッドを思わせる黒が基調だったんですが、来年、2026年はポップで明るい白い木目調とシェタニたちが調和しているデザインとなっています。(カレンダーのレイアウト、デザインは今年も担当している東京のゲンタチエデザインです)
今年もヘンドリック リランガの新作を4…
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10月29日(水)のタンザニアの5年に一度の総選挙では、その日のうちにインターネットが遮断され、途中短い時間戻ったときはあったものの、それは続いた。ダルエスサラームにいる息子とネットでは連絡が取れなかった(から、心配だったので、11月1日に国際電話したら元気だったのでホッとした)。息子からラインで連絡復活したのは11月2日(日)の日本…
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アフリカンスクエアーという「アフリカのものづくりを日本へ」と謳う日本の会社がある。1992年創業のアフリカ専門の輸入・卸売を手がけてきた会社で、わたしがタンザニアにいた時にカンガやチビテのCD、ヘンドリック・リランガの絵画や楽器(ザウォセのリンバ)などを扱ってもらったこともある。30年以上にわたって、地道にアフリカの人々とつながりなが…
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10月29日(水)はタンザニアの5年に一度の総選挙の日だ。複数政党制による総選挙は1995年に始まり、7回目となる。与党CCMの候補は現職のサミア スルフ ハッサン大統領である。この間にもいろいろあるようだけど、平和で公正な選挙となるように願っている。
10月半ばに撮影した工事中の未舗装道路。電柱には選挙ポスターも
とこ…
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すごく久しぶりにとてもおいしいウガリをいただいた。
今年になってからずっと日本にいるため、タンザニア料理とも遠ざかっていたのだけれど、先日、このブログにもダルエスサラームのレストラン紹介で何度かご登場いただいている食通のタンザニア人Jさんとその日本人の夫人Yさんの日本のご自宅に招いていただいた。そして幸せなことにお料理好きなY…
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カバー写真の、こちらを誘っているように思えてくるさまざまな人々や動物、景色の表情にまず惹き込まれる。上半身裸の人もいれば、めっちゃ防寒着の人もいるし、背景や服装の色合いもバラバラなんだけど、皆、楽しそうなんである。
これは、タンザニアをフィールドにする研究者の方たちに「1日に一つずつ読んでも129日間楽しめます」と、いただいた今年…
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夫が8年前にタンザニアで急逝してしまったときには、亡くなった人はどこに行ってしまうのだろうということばかり考えていた気がする。『ボサノヴァ 撃たれたピアニスト』という映画を観て、死者は生者に呼びかける力がある、なぜなら彼らがいたからこそ我々は生きているのだから、ということが改めてずしんと感じられた気がする。
<予備知識な…
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わたしがタンザニアに移り住んだのは、1989年のこと。そのころは、ケニアの首都である大都会ナイロビに比べたら、わたしが住んでいたタンザニアの最大都市ダルエスサラームは、まだまだ物資も少なめで高層ビルもないのんびりした街だった。対照的に、中心街には新しいビルが立ち並び、日本食のレストランや日本食料品店もいくつかあり、バーガーキング(だっ…
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本日、3月18日は、タンザニアで63歳で逝ってしまった夫の誕生日。記念日とかには頓着しなさそうな人だったけど、自分の誕生日にはけっこうこだわりがあったみたいだ。
夫が亡くなった年、1月半ばに義父が急に入院し、仕事が詰まっていて動けない夫の代わりにわたしがタンザニアから日本戻った。それまでは93歳の義父は社会人と大学生の二人の孫…
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タンザニアも今月2日からイスラームの断食月、ラマダン入りした。タンザニアは南半球にあり、まだまだ暑い日が続いているから、食事はともかく日中水も飲めないのは少々辛いのでは?と思ったりもするけれども、そこも神がいれば乗り越えられるのだろう。
タンザニアにいる我が息子はムスリムではないのだが、ムスリムの友人がたくさんいるためか、こ…
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