2026年02月13日
エミレーツの国際線の中でアフリカ映画のラインアップにスワヒリ語の「Baada ya Masika(After the Long Rains)」があったので観た。
舞台は海沿いの村。説明書きにはなかったので、タンザニア映画か、ケニア映画か、わからなかったのだけど、途中でナイロビやラムというケニアの町の名前が出てきたので、…
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2026年01月02日
新しい年、皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
昨年末、実家のふとしたところから亡き母が、諸々閉じていたファイルが出てきました。自身の日々の出来事を綴ったものの中に、下記の以前の家族ブログにわたしが記したものも閉じてありました。タンザニア、ダルエスサラームの年末年始は例年、小雨季の時季。その大地を湿らす空気と共に、さまざまな人々…
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2025年12月08日
来年のリランガカレンダーのご紹介です!今年はアフリカンブラックウッドを思わせる黒が基調だったんですが、来年、2026年はポップで明るい白い木目調とシェタニたちが調和しているデザインとなっています。(カレンダーのレイアウト、デザインは今年も担当している東京のゲンタチエデザインです)
今年もヘンドリック リランガの新作を4…
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2025年12月01日
10月29日(水)のタンザニアの5年に一度の総選挙では、その日のうちにインターネットが遮断され、途中短い時間戻ったときはあったものの、それは続いた。ダルエスサラームにいる息子とネットでは連絡が取れなかった(から、心配だったので、11月1日に国際電話したら元気だったのでホッとした)。息子からラインで連絡復活したのは11月2日(日)の日本…
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2025年10月26日
アフリカンスクエアーという「アフリカのものづくりを日本へ」と謳う日本の会社がある。1992年創業のアフリカ専門の輸入・卸売を手がけてきた会社で、わたしがタンザニアにいた時にカンガやチビテのCD、ヘンドリック・リランガの絵画や楽器(ザウォセのリンバ)などを扱ってもらったこともある。30年以上にわたって、地道にアフリカの人々とつながりなが…
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2025年10月20日
10月29日(水)はタンザニアの5年に一度の総選挙の日だ。複数政党制による総選挙は1995年に始まり、7回目となる。与党CCMの候補は現職のサミア スルフ ハッサン大統領である。この間にもいろいろあるようだけど、平和で公正な選挙となるように願っている。
10月半ばに撮影した工事中の未舗装道路。電柱には選挙ポスターも
とこ…
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2025年08月22日
すごく久しぶりにとてもおいしいウガリをいただいた。
今年になってからずっと日本にいるため、タンザニア料理とも遠ざかっていたのだけれど、先日、このブログにもダルエスサラームのレストラン紹介で何度かご登場いただいている食通のタンザニア人Jさんとその日本人の夫人Yさんの日本のご自宅に招いていただいた。そして幸せなことにお料理好きなY…
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2025年05月05日
カバー写真の、こちらを誘っているように思えてくるさまざまな人々や動物、景色の表情にまず惹き込まれる。上半身裸の人もいれば、めっちゃ防寒着の人もいるし、背景や服装の色合いもバラバラなんだけど、皆、楽しそうなんである。
これは、タンザニアをフィールドにする研究者の方たちに「1日に一つずつ読んでも129日間楽しめます」と、いただいた今年…
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2025年04月18日
夫が8年前にタンザニアで急逝してしまったときには、亡くなった人はどこに行ってしまうのだろうということばかり考えていた気がする。『ボサノヴァ 撃たれたピアニスト』という映画を観て、死者は生者に呼びかける力がある、なぜなら彼らがいたからこそ我々は生きているのだから、ということが改めてずしんと感じられた気がする。
<予備知識な…
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2025年04月04日
わたしがタンザニアに移り住んだのは、1989年のこと。そのころは、ケニアの首都である大都会ナイロビに比べたら、わたしが住んでいたタンザニアの最大都市ダルエスサラームは、まだまだ物資も少なめで高層ビルもないのんびりした街だった。対照的に、中心街には新しいビルが立ち並び、日本食のレストランや日本食料品店もいくつかあり、バーガーキング(だっ…
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